根来寺の御朱印


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 住    所 岩出市根来2286
 宗    派 新義真言宗
 山    号 一乗山
 正式名称  一乗山 大伝法院 根来寺
 寺    格 総本山
 御 本 尊 大日如来
 開    基 覚鑁(かくばん)(興教大師)
 札 所 等 真言宗十八本山 第17番
        近畿三十六不動尊霊場 第34番
         紀伊之国十三仏霊場 第1番
        神仏霊場巡拝の道 第9番(和歌山9番)

 高野山僧で空海以来の学僧といわれた覚鑁が大治5年(1130年)に高野山内に伝法院という一堂を建てたのに始まる。
鳥羽上皇が帰依し、長承元年(1132年)に院宣を得、高野山に大伝法院と密厳院を建立。長承3年(1134年)に金剛峯寺座主に就任。宗祖空海の教義復興しようとしたが、宗徒と対立。焼討等の為、大伝法院の荘園内の豊福寺(ぶふくじ)に拠点を移し更に円明寺を建立し、伝法会道場とした。一山総称として「根来寺」が形成されていった。
 室町時代になると、宿坊450(一説には2700とも)寺領72万石といわれる。僧兵1万余りという一大軍事集団となる。
 織田信長とは本願寺との石山合戦にて協力をし友好関係にあった。
 豊臣秀吉とは徳川家康・織田信雄で徳川側に着いたため秀吉に紀伊攻めを招くようになった。天正13年秀吉の根来攻めで大塔・大師堂などを残し炎上する。
 紀伊徳川家庇護のもと復興する。

 根来寺HP

光明殿 扁額 本坊
大師堂 大塔(多宝大塔) 大傳法堂
真言宗18本山
神仏霊場